福岡堅樹さんは2021年6月27日に「林先生の初耳学」の番組で、林先生と対談されていました。
林先生もラガーマンだったので、ラガーマン同士の対談でしたね。
その中で林先生も「成功する人の言葉が順番に出て来た」「学ぶべきところしかない」と感銘を受けていた、福岡堅樹さんの名言たち。
今回は林先生の初耳学の番組での福岡堅樹さんの名言を、夢を叶えてきた考え方や決断時のポイントとしてまとめてみました。
福岡堅樹の名言!夢を叶えてきた考え方
Happy Birthday, Kenki Fukuoka 🎉
Almost one year on and we’re still watching *that* performance against Scotland on repeat 🎌 pic.twitter.com/hOUK6by00B
— Rugby World Cup (@rugbyworldcup) September 7, 2020
限りなく必然に近い偶然をチームとして作り上げた
日本ラグビーの歴史を変えた2019年ワールドカップのスコットランド戦。
相手の陣地。スコットランドの選手が目の前にいる中で、日本選手のラファエレティモシー選手が蹴って出したパス。
そのパスを福岡堅樹さんがタイミングや場所を予測して走り出し、ボールをしっかりキャッチしてそのままトライした場面がありました。
(上記Twitter内の動画、0:14あたりからのシーンです!注意:音が出ます!)
その時のことを福岡堅樹さんは「偶然といえば偶然ですが、限りなく必然に近い偶然をチームとして作り上げた」と話していました。
ラグビーボールは楕円形の形をしているため、バウンドがどこに向かって跳ぶのかわかりません。
トップスピードで走りながら、どこに向かって跳ねるかわからないボールをしっかりキャッチして走り抜くのは、本当にとても難しい技です。
それは今までの練習で培った信頼関係があったからこそ、できたことだと話していました。
今まで共に練習してきたラファエレティモシー選手が、この場面で絶対に蹴る判断をすると、福岡堅樹さんは判断し走り出したそうです。
そして今までの経験の中で、ラグビーボールは3回目のバウンドでちょっと跳ね上がるということを分かっていて、
跳ねるタイミングや場所をある程度予測して、走り込んでトライに繋がりました。
多少のずれは起こるので、それを少しでも確実に取るようにとずっとやってきたことだったのです。
もうこれは偶然ではなく、必然だと感じました。
福岡堅樹さんが言っている通り、チームで創り上げてきたことだなぁっと。
練習で積み上げてきたことだったから、プレーに自信や信頼があったのだなぁっと(^^)
終わりがあったからこそ頑張れた。ここまでやれた
福岡堅樹さんは日本トップでラグビーをやりながら、28歳という若さで引退し、医学の道に進んでいます。
まだラグビーは最前線で出来る状態です。体力も技術もトップ選手。
どうして思い切った決断できたのかという林先生の問いにこう答えていました。
「初めから引退のタイミングを決めてこの道(ラグビー)に入ってきたのが一番大きい」と。
福岡堅樹さんは祖父と父を医者に持ち、自分自身も幼少期から医師になることを夢見ていました。
ラグビーをしながらも、いつか医学の道に進むことは最初から決めていたのですね。
林先生の言う、逆算思考ですね。先にゴールを設定し、そこに向かうためにはどうしたら良いかと選択していく。
高校生の時に、筑波大学の医学部を受験し、不合格。その翌年も浪人して受験しましたが、不合格となってしまいます。
そこで一旦医学部は諦めて、筑波大学の医学部ではない情報学群に入学。
大学二年生の2013年に初のラグビー日本代表入りをします。
そこでまず一つの決断がありました。それは大学卒業後、社会人でラグビーを続けることでした。
当時の監督エディー・ジョーンズが2019年の中心選手になって欲しいと福岡堅樹さんに言ってきたそうです。
その時に2019年のワールドカップというのが、一つのラグビー人生のエンドとして見えていたそうです。
大学卒業後は、一旦プロになり2019年のワールドカップまではやろうと。
そんな時、2020年のオリンピック開催場所が東京に決まります。
やはり日本で開催される東京五輪は出場したいと思い、2020年東京五輪を最終目標にしました。
福岡堅樹さんは、7人制ラグビー選手候補だったのですが、2020年の東京五輪が延期になり、東京五輪への挑戦を断念し、2021年現役引退。
東京五輪は出たかったか出たくなかったかって言われると出たかったけど、未練はないとはっきりとすっきりと応えていました。
「終わりがあったからこそ頑張れた。ここまでやれた」
「先延ばしにしても同じだけのパフォーマンスが出せる自信がない」
そう話し、「やり切った」とも爽やか話していました。
やり切ったと言えることが一つでもある人生って、最高ですね!
福岡堅樹の名言!決断時のポイント
TL第5節vs NEC 62-5 で勝利!
久々のハットトリックでMOMにも選んでいただきました!
試合中は雨も降らず、自分らしく走り回れたと思います👍
応援ありがとうございました!
NECに行った筑波の同期のカメ(亀山)と📸 pic.twitter.com/hKTexlPgpl— Kenki Fukuoka/福岡 堅樹 (@kenki11) March 28, 2021
今何を選ぶのが自分が一番後悔しないか
福岡堅樹さんは一年浪人して筑波大学医学部を受験するも不合格だった時、その後の進路をどうするか決断するときに、
「今何を選ぶのが自分が一番後悔しないか」で選択したそうです。
筑波大学医学部はラグビーの名門なので、ラグビーと医師の両方の夢を叶えることができます。
だから更にもう一年浪人して筑波大学医学部を受験する選択もあったし、ラグビーを諦めて別の大学の医学部の選択もあったと言います。
結果としては、福岡堅樹さんは「ラグビー優先で、筑波大学の別の学部」をという選択を決断しました。
この時の決断は大きなポイントだったと振り返り、今の自分があるのはこの時の決断のおかげと話していました。
「どの道を選ぶのが一番後悔しないか」で選択した決断でした。
医学部に関しては再受験だったり、歳をとってからでも挑戦することはできるけど、
ラグビーに関しては一度離れてしまうともうトップに戻ることはできないからと。
人生は決断や選択の連続ですよね。
大事にしたいことを大事にできる道を選び続けたから、今の福岡堅樹さんがいるんですね。
まとめ
今回は林先生の初耳学の番組での福岡堅樹さんの名言を、「夢を叶えてきた考え方」や「決断時のポイント」としてまとめてみました。
ここに書き切れなかったので、福岡堅樹さんの名言を別途「物事に対する姿勢」として書いています。
ラグビー現役選手としての人生をやり切ったと爽やかに話し、次の夢へと着実に進んでいる福岡堅樹さんの言葉が、
色んな人に届き、その方たちの力になることを願っています。
これからも応援しています(^^)
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