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関口メンディーの野球経験や出身高校は?高校野球のポジションに始球式の球速を調査!

ベースにスライディングする選手とボールをジャンピングキャッチする選手 野球
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EXILEとGENERATIONSのパフォーマー、関口メンディーさん!

芸能人最強スポーツ男子頂上決戦で2連覇するなど、鍛え上げられた筋肉の持ち主!!

そんな関口メンディーさんは高校時代は野球部だったそうです。

プロ野球の始球式にも登場し、球速が話題になっていました!

今回は、関口メンディーさんの野球経験や出身高校はどこか、高校野球のポジションに始球式の球速を調べてみました。

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関口メンディーのプロフィール

 

◎名前:関口メンディー
◎生年月日:1991年1月25日
◎出身地:アメリカ/ニュージャージー州
◎身長:182cm
◎血液型:O型

引用:EXILE TRIBE

 

関口メンディーさんは父がナイジェリア人で、母が日本人のハーフです。

アメリカ生まれで、1歳の頃に日本に来たそうです。

兄弟はいないようで一人っ子。

東京都品川区で育ち、小学校1年生の時に両親が離婚し母の元で育ちました。

 

関口メンディーさんはダンスを大学生の時に始め、劇団EXILEの町田啓太さんとは同じ大学で同じダンスサークルだったそう!

EXPGが主催するダンス教室に通い始め、2012年にGENERATIONSのメンバーに!

2014年にEXILEにも加入しています。

 

 

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関口メンディーの野球経験

関口メンディーさんの野球経験は、保育園の頃から高校生までやっていたようです。

幼馴染が野球を始めたことをきっかけに、メンディーさんも野球を始めました。

小学生の頃の夢は「プロ野球選手」!

負けず嫌いのメンディーさんは、一生懸命自主練などをして努力していたそうです。

関口メンディーさんが小学生6年生の時、少年野球の全国大会で「準優勝」!

 

中学生にあがると、東京都大田区の大田シャークボーイズ(現・大田水門ボーイズ)に所属し、硬式野球に打ち込みます。

中学1年生の時の中学3年生との体格差や実力差にくじけそうになりながらも、負けたくない一心で頑張ってきたそうです。

大田シャークボーイズの先輩の中には、高校は強豪校に推薦でいくような上手い人たちが多くいたそうです。

レベルの高い中で野球をやってきたことがわかりますね!

 

関口メンディーさんも高校にはスポーツ推薦で入学し、甲子園を目指して仲間たちと日々練習に取り組んできました。

メンディーさんは高校時代に大学を決める段階でも野球を続けようとしましたが、実際には大学では野球を続けずに、ダンスサークルに入ります。

ダンスに打ち込む大学生時代だったようで、野球は一切やることはなかったようです。

 

でも、今までの野球経験がダンスにも繋がっているようです。

高校2年生の時に怪我をしたようで、その時期に本屋で見つけた打撃の本「うねり打法」!

 

この本ですかね?!⇩

 

 

このうねり打法の本がきっかけとなり身体の動かし方に興味を持つようになったそうです!

身体の動かし方、筋肉の動かし方などはダンスにも大きく繋がっていますよね(^^)

 

 

関口メンディーさんは数年前からまた野球をする機会が増えて、やるからには全力でやりたいとYouTubeなどで勉強をしているようです。

始球式で投げることが決まった際も、練習しフォームを観てもらったり教えてもらったりしていました。

野球が上達していくことが実感でき、それがとっても嬉しく楽しかったようです^^

やっぱり野球は楽しい。惰性だったのかもと思っていた野球も続けていたことで開けたチャンスは今でもたくさんある。どんなことでも続ける事は凄いことであり、無駄なものなんて一つもない。

野球が僕に教えてくれたことのうちのひとつ。

引用:TOKYO HEADLINE

 

 

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関口メンディーの出身高校はどこ?

関口メンディーさんの出身高校は、東京都の郁文館(いくぶんかん)高等学校です。

1889年に創立した2021年で創立130年以上の伝統校です。

現在の理事はワタミの創業者である渡邉美樹さんです。

 

郁文館高校の野球部の過去の最高成績は、2021年9月時点で「2019年夏の東東京大会でベスト16」です。

郁文館高校の過去の夏の東東京大会の結果などを観ていると、昔だと1回戦や2回戦での敗退が多く、最近では4回戦や5回戦まで進出することが増えているようです!

 

関口メンディーさんは中学の先輩たちのように強豪校からは声がかからなかったのですが、郁文館高校にスポーツ推薦で入学しています。

「スポーツクラスをつくるので来ないか」と郁文館高校から声がかかり入学したと話していました。

 

最近の郁文館高校は、「2023年までに甲子園を目指す」という目標を掲げ、2021年4月より助監督を新しく迎えています!

元プロ野球選手だった田中幸雄監督と共に、郁文館高校を甲子園に導くために相原健志助監督が2021年4月に就任。

相原健志助監督は以前、都立雪谷高校の監督をしており、2003年の夏、都立雪谷高校を甲子園に導き、教え子からプロ野球選手を輩出している方です。

雪谷高校は「都立」とついているように、公立高校です。

高校野球では強豪校のほとんどが私立であり、最近では公立高校が私学を倒し甲子園に出場することはなかなか難しいといった印象があります。

入学してきた生徒さんも逸材がいたのだと思いますが、その選手を導くためには監督の力も必要だと思います。

東東京大会という都内で私学も多い中で優勝し、甲子園に出場した経歴は本当にすごいなぁと感じました。

今後の郁文館高校の活躍が楽しみですね(^^)

 

 

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関口メンディーは高校時代に野球部!

スポーツクラスを新設するからと来ないかと声がかかり、郁文館高校に入学した関口メンディーさんは、高校時代は野球部に所属し、甲子園を目指して野球一筋の高校生活でした。

関口メンディーさんが郁文館高校に在学中の高校3年間の夏の成績を調べてみました!

◎2006年高校1年生
・第88回夏の東東京大会で4回戦敗退。

◎2007年高校2年生
・第89回夏の東東京大会で3回戦敗退。

◎2008年高校3年生
・第90回夏の東東京大会で2回戦敗退。

 

関口メンディーさんの高校最後の夏は2回戦で敗退していますが、関口メンディーさんは3安打だったそうです!

メンディーさんが1年生や2年生の時にレギュラーだったのかはわかりませんでした。

情報が入り次第また追記していきます!

 

 

関口メンディーさんは高校時代を振り返り、甲子園を目指していたことは目指していたけれど、甲子園に心の底から出たいという想いがあったのかわからないと話していました。

一端の高校球児で夢は甲子園に出る事だったけど、心の底から出たいと思っていたかは分からない。

引用:TOKYO HEADLINE

 

甲子園を目指していたには目指していたけれど、甲子園という存在がリアルに感じられていなかった、夢の世界で遠い存在だったのかもしれませんね。

心の底から本気で甲子園に出られるとは自分自身に思えていなかったという思いもあったのかなっと。

 

努力の仕方も間違っていたかもしれないとも感じたそうです。

「もちろん野球が好きではあるけれど、努力の仕方が間違っていた」

引用:TOKYO HEADLINE

 

当時は、自分なりには自主練をして努力を積み重ねてきたけれど、プロ野球を観て技を学ぼうとか、色々調べてみるとかはしなかったそうです。

その発想が自分の中になかったそうで、そのことを後悔しているようでした。

恐らく最近また野球をする機会が増えて、改めて自分で調べたり教えてもらったり野球を学んでいくなかで、自分の上達を実感できたこともあるかもしれませんね。

子供のころや高校時代に知ることができたら、もっと伸びたんじゃないかと。

後悔の気持ちがわくほど、一生懸命野球に取り組んできたということですよね(^^)

 

ただただ負けたくなかった。要するに中学生の頃から僕は惰性で野球を続けていたのかもしれないけど、向上心はあったし、何より仲間たちとする野球が楽しかったから続けられたというのは紛れもない事実だった。そう考えると、総じて野球が好きだったのかなと思うし、今も好きだと思う。

引用:TOKYO HEADLINE

 

関口メンディーさんの向上心や負けず嫌いの気持ちを、プレーに上手に変換できるように導いてくれる大人に出逢えていたらという気持ちもわいてきます。

それでも、当時のメンディーさんは最善を尽くしていたのだと感じます(^^)

 

 

 

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関口メンディーの高校野球のポジション

関口メンディーさんの高校野球のポジションは、サード・三塁手だったそうです!

しかも4番打者だったようで、クリーンアップを打つ主力だったようです^^

 

小学校低学年の時はファースト、高学年になるとサードを守備するようになり、投手もやっていたそうです。

野球の成績は小学校の頃が一番良かったと話していた関口メンディーさん。

小学校の頃はランニングホームラン、ツーベースヒットなどまんべんなく打っていた記憶があります。初球から打つのが好きで、野球の成績は小学校のころが一番よかった。その頃からプロ野球選手になることを夢見ていました。

引用:朝日新聞

 

中学にあがるとレベルの高いところで野球をしたいと入ったのが硬式野球のチーム。

ですが、今まで軟式だったのが硬式に変わったことにより戸惑いがあったようで、プロ野球選手になることは難しいと感じ始めたそうです。

それでも野球を続けて来られたのは、「好きだったから」!

野球をやっていた過去があるから、始球式に呼ばれたり、本当無駄なことなんて一つもないですね!!

 

 

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関口メンディーが野球を辞めた理由

関口メンディーさんが野球を辞めた理由は、大学に入る際にセレクションに受からなかったことが大きく影響しているようです。

セレクションというのは、大学野球をやりたい人のために、各大学が事前に練習会という名の実技試験のような場を設けています。

そのセレクションで大学側から評価を受けた人は、大学から声がかかり、「推薦」という形で大学に入学できるという制度です。

 

関口メンディーさんは大学は日本体育大学ですが、一般入試で入学しています。

関口メンディーさんもセレクションを受けたのですが、声はかからず、「推薦枠には入れなかった」という結果でした。

この結果を受け、関口メンディーさんは自分の野球は大学では通用しないということにショックだったそうです。

当時は自分には野球しかないとも思っていたようで、その自分の野球技術が大学側に認めてもらえなかったと感じたようです。

このことがきっかけ、理由となり、関口メンディーさんは野球を辞める選択をしました。

 

そして大学時代は一切野球をやることはなく、代わりに打ち込んだのが「ダンス」でした!

一生懸命やってきた野球が大学で通用しないという現実は、とってもショックだったと思いますが、ここで野球を辞めてダンスに出逢うという人生の転機だったと思うと、

何だかとっても導かれているんだなぁっと感じますね。

でもここまでやってきて無理なら無理だろうとある時感じて、すっきり別の道に進むことができたのは本当に良かったと思う。いい意味でやりきれたから。そこが人生の転機にもなったわけだし。

引用:TOKYO HEADLINE

 

 

 

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関口メンディーの始球式の球速は?

関口メンディーさんは過去に2回ほど、プロ野球の始球式に登場しています!

初登場は2018年6月の巨人vs楽天戦です。

始球式に出ることが決まってから、野球教室にも通って準備していたそうですよ(^^)

高校時代の最速は130km程度だったそうですが、関口メンディーさんの始球式での球速は133km!!

当時の芸能人の最速記録!!東京ドームの観客を驚かせていました!!

 

関口メンディーさん自身は、140kmを目指していたようで、ちょっと悔しかったようです。

目標は140キロだったといい「結構悔しい。リベンジしたい」と振り返った。

引用:産経フォト

 

2019年3月には2度目の始球式に登場!

しかも巨人vsマリナーズ戦でした!!イチロー選手もいるなかでの登板だった関口メンディーさん!

結果は127kmでした!

始球式前のブルペンで、巨人の菅野智之投手からアドバイスをもらったり、原監督から声をかけてもらったりと、嬉しさもあり、より緊張感も高まったこともあったようです。

2019年の段階では、芸能人最速記録は、ゴールデンボンバーの樽美酒研二さんの135kmになっていました。

関口メンディーさんは、自分自身の記録の更新も出来なかったということで、メンディーさんらしい言葉を残したようです(^^)

 

今回はゴールデンボンバーの樽美酒研二が持つ芸能人最速記録の135キロ更新とはならず「ゴメンディー!」と絶叫した。

引用:ORICON NEWS

ゴメンディー!!(*’▽’)

 

 

☆ゴールデンボンバーの樽美酒研二さんも高校球児でした!⇩

 

 

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まとめ

以上、関口メンディーさんの野球経験や出身高校はどこか、高校野球のポジションに始球式の球速についてでした。

高校生までで野球を辞めても、また大人になって野球の楽しさをかみしめている関口メンディーさん!

始球式での球速も、これから伸びしろいっぱいな気がします^^

今後も楽しみです♪

 

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